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全コラムのPart1では、そもそも“ナッジ”とは何か、そして認知バイアスにて竹林先生に解説いただきました。Part2では、効果的なナッジを作るためのフレームワークである「EAST」、ナッジを使う上での逆効果となってしまう注意点について記載致します。
Part1はこちら:https://healthcare.kagome.co.jp/column/nudge1
■効果的なナッジを作るためのフレームワーク ~EAST~
ナッジは行動の阻害要因となる認知バイアスを抑制したり、促進要因となる認知バイアスを刺激したりすることで行動を促します。ナッジを設計する4つのポイントとして、“EAST”があります。EASTはEasy(簡単)、Attractive(魅力的)、Social(社会的)、Timely(タイムリー)の頭文字を取ったもので、厚生労働省も推奨しています1)。
Easyはシンプルにすることで行動の阻害要因を除去する手法です。多くの人は、見やすいもの対しては警戒を解き、真実と感じやすい心理傾向(=認知容易性)を持ちます。視認性を向上するために、「文字数の削減」「文字のフォントは大きく見やすくする」といった工夫がそれに当たります。
Attractiveは、興味を引くための工夫です。例えば、同じ内容でもテキストメッセージよりも4コマ漫画にした方が読みたくなるものです。
Socialは、倫理感や社会規範などに訴えかける工夫です。例えば、ゴミのポイ捨ての多い場所に鳥居のイラストを描くと、「神聖な場所では正しい行動をしたい」という気持ちを惹起して、ポイ捨てが減ったという話もよく聞かれます。また、がん検診も「当社では、昨年80%の人が受診しました」と記載すると、「皆と同じ行動をしたい」という心理を刺激し、受診率向上につながると期待されます。
Timelyは、最適なTPOで伝える工夫です。カロリーが高い間食を減らすメッセージは食後の満腹のタイミングよりも、小腹が空いてきた時の方が効果的です。野菜摂取を促すポスターは、スーパーの肉売り場よりも野菜売り場で掲示する方が効果的でしょう。
<竹林先生からのワンポイントアドバイス③>
EASTの要素をすべて取り入れた設計にすると、複雑になり、Easy要素が損なわれる可能性があります。このバランスを取るには「Easy+もう1つの要素」といった形で絞り込むことが求められます。
1)厚生労働省:受診率向上施策ハンドブック(第2版)について
https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000500406.pdf
■逆効果に注意
ナッジは使い方を誤れば逆効果になることが知られています。アメリカの国立公園で「多くの人が貴重な化石を持ち帰るので、環境を維持できない」という看板を掲示したところ、何も掲示しない場合よりも化石の持ち出しが3倍近くに増えました2)。これは、「他にも持ち帰っている人が多くいるなら、自分もいいか」という、期待と逆方向での同調バイアスを強めたことが原因とされています。
よく「当市の住民は野菜摂取量が少ない」という広報が見られます。これは「他の人も足りていないなら、自分もそこまで頑張らなくても良い」との考えが惹起され、野菜摂取意欲を弱めるおそれがあります。それよりは、「当市では野菜摂取量が増えた人が去年に比べ○%増加しました」というメッセージの方が、「皆が始めたのなら自分も」という同調バイアスが働き、野菜摂取に繋がる可能性が高まります。
<竹林先生からのワンポイントアドバイス④>
また、ナッジの考え方を悪用して、自分の利益誘導に繋げる「スラッジ」3)も問題になります。例えば、有料サービスの解約手続書の文字を見づらくする(Easyナッジの逆バージョン)と、多くの人は解約手続きを先送りしたくなります。スラッジを見抜く目を持つためにも、ナッジを習得することが重要です。
2)影響力の武器, ロバート・チャルディーニ
3) Cass R. Sunstein, Sludge Audits, Published online by Cambridge University Press, 2022
■健康リテラシー教育の必要性
健康支援でのナッジは、「健康の大切さを頭でわかっているのに、健康行動がうまくできない人を支援するための方法」という意味合いを持ち、健康に無関心な人を健康行動へと動かすのは限界があります。実際に「野菜摂取を推進するナッジを行ったところ、もともと野菜摂取に対して興味があった人や、肉食に対して疑念をもっていた人には効果があった一方、肉食に対して疑念を抱いていない人には効果がなかった」という報告もあります4)。
また、ナッジは即時的な行動を促すには効果的ですが、その効果が永続的ではないことが報告されています5)。行動定着には「健康教育によるヘルスリテラシー向上」が求められます。「見やすく魅力的で、皆が健康行動をしていると感じさせ、最適なタイミングで行う」といったEASTナッジを組み合わせた健康教育を提供することで、さらに行動定着に繋がると期待されます。
4)Annukka Vainio, Xavier Irz, Hanna Hartikainen. How effective are messages and their characteristics in changing behavioural intentions to substitute plant-based foods for red meat? The mediating role of prior beliefs. Appetite, 2018
5)Ledderer L, Kjær M, Madsen EK, et al. Nudging in public health lifestyle interventions: A systematic literature review and metasynthesis. Health Education & Behavior. 2020; 47: 749–764.
■最後に・・・竹林先生からのメッセージ
健康支援のナッジは研究が進んでおり、介入方法も見つけやすくなりました。私がナッジを考える場合、自分で無の状態から生み出すことはしません。例えば食生活のナッジの場合、google scholarで「eat nudge」で検索すると2万件以上ヒットし、さらに「systematic review」「occupational health」などを加えて100件程度まで絞り込み、ターゲット層やフィールドに合うように調整していきます。論文を読むのが苦手な方は、下記ウェブから私に連絡をお願いします。あなたの課題に相応しいナッジを一緒に考えていきます。
https://nudge-takebayashi.jimdofree.com/profile-1/
竹林先生、ありがとうございました。
行動を促す上でのヒントとなりましたでしょうか。
カゴメ 健康事業部には、健康経営エキスパートアドバイザーをはじめ健康経営アドバイザーが多数所属しておりますので、右上のお問合せボタンからお気軽にご相談ください。
このコラムの著者
監修:青森大学客員教授 竹林 正樹先生
・青森大学 客員教授 ・青森県立保健大学 非常勤講師・客員研究員 ・株式会社キャンサースキャン 顧問 ・横浜市行動デザインチーム(YBiT) アドバイザー ・OZMA Nudge Social Design Unit アドバイザー 米国University of PhoenixでMBAを取得。公衆栄養や健康行動に対して効果的にナッジを活用する事例や手法に関する論文を多数報告する公衆衛生分野の研究者であり、政府の有識者委員、自治体や健康保険組合のアドバイザー、学会理事も務める。 カゴメ株式会社とは、ナッジを活用して野菜摂取量推定装置「ベジチェック®」の測定者数を増やす研究を共同で推進中。