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■はじめに
皆様は、“ナッジ(Nudge)”という言葉を聞いたことがありませんか?
国の通知でもナッジが求められ、管理栄養士の国家試験には2年連続でナッジが出題されているように、ナッジは健康支援で注目のスキルになっています。今回のコラムでは、健康支援でナッジを効果的に活用するにあたって、知って得する情報をお伝えします。また、本コラムの内容は、健康行動におけるナッジ活用についての第一人者である、青森大学客員教授/青森県立保健大学非常勤講師・客員教授の竹林正樹先生に監修いただいています。
■そもそも”ナッジ”とはどんなこと?
ナッジは、そもそも「肘でつつく」という意味の英単語です。皆様も過去、授業中にぼーっとしている友人などが先生に注意されそうになったとき、肘や足先でチョンチョンとつついて、注意を促したりしたことがあったのではないでしょうか?この行為が本来の意味の”ナッジ”です。
学術的には、ナッジは「人の行動を禁止したり、一方の選択に多くの金銭的インセンティブをつけたりすることなく、行動をより良い選択に誘導する仕組み」という意味で使われます。例えば、「建物に入館する際に消毒を促すために、動線上や目線上に消毒液を設置する」はナッジですが、「消毒液を使わないと開かないドアを設置する」はナッジではありません。また、「従業員食堂で野菜メニューが手前においてあり、食欲をそそるようなポップがついている」という方法はナッジですが、「この1ヵ月毎日野菜を350g食べた人には賞金10万円」といった、賞金や賞品によって行動を促す手法もナッジとは呼べません。あくまで、行動の選択を狭めることなく、望ましい行動に向かいやすいよう、軽い刺激を与える仕組みがナッジです。
ナッジで画像検索を実施すると、ゾウの親子のイラストや写真が出てきます。ネコ科の動物等は巣に危険が迫ると子どもの首をくわえ、強制的に安全な場所に移動させます。また、鳥類の親子が安全で餌が豊富な場所に引っ越しをする場合、ヒナが危険な場所に行かないような誘導をすることはあまりありません。一方、ゾウの母親は子どもが危ない場所に行きそうになったとき、鼻でちょっとだけ子どもに触り、それとなく危ない場所から遠ざけます。この様子がまさにナッジで実現したいことを表現しています。
ナッジの事例として有名なものに、男子小便器のハエのシールがあります。トイレ利用者の多くがハエのシールに向けて用を足すようになった結果、汚れが減り、掃除のコストが下がりました。この他にも、階段に鍵盤の絵を描いて音が出るようにしたら、階段利用者が増えたニュースも最近話題になりました。これらの事例から、「ナッジは、”やったら楽しそうだ”と思う仕組み」と言われることもあります。この考え方は、一部正解ですが十分ではありません。ナッジは認知バイアスに沿った設計であることが重要になります。
<竹林先生からのワンポイントアドバイス①>
ナッジという言葉が、今のように人の行動を変えるための概念として使われ出したのは、アメリカの経済学者リチャード・セイラー博士と法学者キャス・サンスティーン博士が2008年出版した『Nudge: Improving Decisions About Health, Wealth, and Happiness』(邦題:『実践行動経済学』(日経BP))に端を発しています。
この書籍の影響力は大きく、2010年には英国政府内にナッジ・ユニット(ナッジを推進するためのチーム)が発足し、これ以降世界各国でナッジ・ユニットが設置されました。
■認知バイアスを理解する
多くの人は認知バイアス(心の働きの歪み)の影響を持っているため、健康の大切さを頭でわかっていても、必ずしも健康行動ができるわけではありません。ナッジは認知バイアスの特性に沿った介入です。このため、ナッジを活用するには、人がどのような認知バイアスの影響を受けているのかを把握する必要があります。
例えば、従業員食堂で昼食の場面を想像してみてください。特に食べたいものが決まっていないとき、なんとなくいつも同じメニューを選択したり、「限定〇〇食」というポップがあると惹かれてしまったり、そんな経験はないでしょうか。「いつも同じものを選ぶ」のは「現状維持バイアス」の影響が考えられ、新しいヘルシーメニューを見つけても、味がわからないものに挑戦することを避けるでしょう。
一方、「限定」に惹かれるのは「希少性原理」という認知バイアスが働いている可能性があり、「ヘルシーメニューがあるのは今だけ」だと感じると注文したくなる可能性が高まります。ターゲット層の認知バイアスを把握せずにヘルシーメニューを用意すると、「不健康な人がヘルシーメニューを食べずに、健康意識の高い人ばかりが食べ、健康格差が拡大してしまう」という結果になってしまうかもしれません。
<竹林先生からのワンポイントアドバイス②>
「行動の阻害要因となる認知バイアス」と「促進要因となる認知バイアス」を把握することで、効果的なナッジを設計できるようになります。上記のヘルシーメニューの場合、選択した人としなかった人の行動を観察し、さらに理由を聞くことで、行動の裏に潜んでいる認知バイアスを推定できます。
認知バイアスの種類や特徴について知りたい人は、「ファスト&スロー(ダニエル・カーネマン)」「ヘンテコノミクス(佐藤雅彦ほか)」をお勧めします。
ご覧いただき、ありがとうございます。
Part1では、そもそも“ナッジ”とは何か、そして認知バイアスについて記しました。次回のPart2では、効果的なフレームワーク、”ナッジ”の使い方の注意点について解説いたします。
このコラムの著者
監修:青森大学客員教授 竹林 正樹先生
・青森大学 客員教授 ・青森県立保健大学 非常勤講師・客員研究員 ・株式会社キャンサースキャン 顧問 ・横浜市行動デザインチーム(YBiT) アドバイザー ・OZMA Nudge Social Design Unit アドバイザー 米国University of PhoenixでMBAを取得。公衆栄養や健康行動に対して効果的にナッジを活用する事例や手法に関する論文を多数報告する公衆衛生分野の研究者であり、政府の有識者委員、自治体や健康保険組合のアドバイザー、学会理事も務める。 カゴメ株式会社とは、ナッジを活用して野菜摂取量推定装置「ベジチェック®」の測定者数を増やす研究を共同で推進中。